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開催国がフランスに決定したのは、ジュール・リメFIFA会長の功績を称えるためというのが一般的な説である。
FIFAの2大会連続でヨーロッパで開催するという決定は大会が2つの大陸の間で交互に行われると考えていた南アメリカで大問題になり、ウルグアイとアルゼンチンが参加を辞退した。

決勝戦はパリのコロンブ・スタジアムで行われた。ヴィットーリオ・ポッツォに指揮されたイタリアが始めにリードを奪ったが、2分以内にハンガリーが追いついた。
イタリアはその後2点を追加し、前半終了時点で3対1とリードしていた。後半は両チームが1点ずつ加点しイタリアが4対2でワールドカップ初の連覇を達成した。

この大会は第二次世界大戦前最後のワールドカップで、次に開催されたのは12年後の1950年である。